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[ミニチュアカーの紹介:13:CHAPRON COUPE LEMAN: XVM]
CHAPRON COUPE : "DANDY" & "LEMAN"]

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◇コメント
 中高年パソコン教室も大分進歩してきましたが、国内の「検索」に慣れて来ますと"WIKIPEDIA" の編集に「口出し」を始め、これにも飽きますと「やっと海外の検索」をも始めるようになりました。これも皆さんのご指導のお陰です。改めて見回しますと「いつのまにか」私の"BLOG"が内外共に上位 10 以内に入っていますことを知るようになりました。そして私のBLOGのみが「TRUE HOBBY」のPAGEであることも解かりました。内外共に DS 関連の売買なんですね。
 ここで「問題意識として」簡単に海外の文献を載せられ無い状況だろうと言う現実です。まあ、純粋趣味のBLOGですから「著作権の侵害」と訴えられはしないでしょうが、10 位以内となると海外でも[ Click ]される可能性は高いと思っている必要はあるでしょう。
 実は、Netscape で CitroenDS を検索しますと、"CITROEN CABRIO"が、内容が「盛り沢山」であり中の"OLD TIMER"から[CITROEN DS CABRIOLET]を開きます。この登録ディーラーに"Andrew BRODIE"が書いてあるのを見付けましたが、18年前にはエンジン、パワステラック、ヘッドライト、ヘッドレスト等を輸入して、かなり儲けさせた筈なのです!話がわき道にそれましたが、この HP の中から"CHAPRON DS CABRIOLET"の項を[DOWN LOAD] しますと、車種名別の年別生産台数が見事な表になっていました。 by P.Pp とありますから、ヨーロッパには"La DS Cabriolet"の専門家がいるのだ?と考えて、この年別生産台数を "TOUTES les CITROEN"に記載されている「台数」と比較して「信頼性」を検討てみました。
 正直、あまりの一致に驚かされましたが、それは1970年以前の車種別生産台数が見事に一致しているからで、1970~'73年生産終了頃は TOUTES les CITROEN に記載が無いので総数ではかなりの差になります。前記しましたように「引用する」訳にはいかないと判断しました。ご興味のある方は検索してください。
■解説
 写真(左)は一度紹介しています"CORGI TOYS: No.259 "Le DANDY COUPE"です。1960~1968年まで、5+5+10+4+8+8+5+3+2=50 台(Total) とかなり多く生産されています。箱には HENRI CHAPRON BODY ON CITROEN DS CHASSIS と書いてあります。この車の右前が XVM, CITROEN"DS" "CHAPRON",Maquette J-P.GAUTIER made in France.と裏板に刻印されていますが"KIT"で買って自作したものです。"Coupe Le Leman"で1966~1973年(最終)までに 7+9+4+2+2+0+2+1=32 台(Total) 生産されています。Dandy-Coupe に比べてトランク部分が短く、バランスが良いと思います。 Dandy Coupe のCabriolet 版が"Caddy"で、1959~1966年までに 34台作られています。この写真(下)を小さくして「こっそりと」載せておきます。この時代の 2灯の DSなのに「良く保存されている!」と驚きましたが、拡大してみますと「下1/3」はすっかり錆ていました!!!それと注意する点は"CHAPRON DS"には尾灯が[マル2 灯]ではないものがかなりあります。
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この Caddy (おしりが丸い?)もそうです。良い色ですねー。でも日本では塗れない色ですが・・・ミニカーにでさえ!!これが文化の差と言うのでしょうか?
*Cabriolet は初期(1956~1962) がLa Croisette 52 台で多く、後期(1962~1972)は Palm Beach が32 台です。
 DS CHAPRON の総生産台数は 289 台ですが、上記の理由でTOUTES les CITROEN では 280 台+αになります。
*この記事の前に"Cabriolet Usine"の記載があり、生産台数: 770;DS19, 483;DS21, 112; ID19 とされており、総数は 1,365 台と記載されています!

*ところが、同じ HP の citroen-ds-id.com の[ DS/ID production numbers] では、ID/DS の総生産台数は 1,456,115 台、1,325 台の Cabriolets を含むと記載されており、その上、CHAPRON 生産台数は 287 台と書いてあります!!!
***さて、どちらの数が本当なのか? 客観的立場をとり、両論併記しておきます。
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by citroenDS | 2006-06-27 20:42 | DS minicar 紹介
[SEMI-AUTOMATIC とは???]
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[半自動変速機とは正しい呼び名か?]
◇ コメント
 このような議論はかつて行われたことは無いでしょう。だから肝心のところで「訳が分からなくなる」のでしょう。 従って、この問題を敢えて議論して「問題点を明確にして」みましょう。
1) 先ず「マニュアルシフト」を「大車林」で調べて重要な点を記載しましょう。
 トランスミッションの変速段位を手動変速操作することをいい、AT の自動変速に対応する言葉。・・から突き出たシフトレバーにより手動変速操作をする。最近のステアリングハンドル上に設置されたボタン操作によるシフトも、一種のマニュアルシフトの変形であるといえる。
2) 「オートマティック・トランスミッション」
 車の速度やアクセルペダルの踏み加減におおじて、自動的にギヤチェンジをする変速機のこと。クラッチ機能とトルク変換機能をあわせ持つトルクコンバーターと変速ギヤ列をもつトランスミッション部で構成される。トルクコンバーターを内部に持っているため、トルコンと呼ぶ場合もある。
 さて、以上の「定義に従うと」 DS の油圧によるトランスミッションを [ SEMI-AUTOMATIC ] と呼んでいるのは正しいのであろうか?という疑問なのです。「半自動トランスミッション」という呼び方は、単に中間的などちらでもない意味であって、「その構成」を検討したものではないでしょう。

◆ 解説

CITROEN DS の[ HYDRAULIC TRANSMISSION ]を考え直してみましょう。正確にはトランスミッションとは「別の部分」のことで、CLUTCH & GEAR BOX と書くべきですが・・・
1) 変速段位を突き出たレバーで手動変速操作していますから「マニュアル」であることになります。
2) トルクコンバーターを持っていませんから、普通は「オートマティック」とは言いません。
3) ステアリングハンドル上のボタン操作でも、マニュアル操作というのですから、"DS"のレバー操作によるギヤ変速操作でもマニュアル操作と言うことになります。この場合は油圧ピストンによる「遠隔操作」ということです。
4) 残るのはクラッチで "MT"と同じ「乾燥単板」を持つのですから、これを「油圧シリンダー」で「人力に代え」ているだけですから、この形状と言う点からも「オートマティック」であるとは呼び難いところがあります。
5) 最後の問題は「クラッチ・ペダル」の無いこと、このクラッチが「油圧によりコントロールされている」点です。
 以上検討しましたように、オートマティック・トランスミッションではなくて、「Automatic Clutch-Control ] と呼ぶのが「正しい考え方」であることになります。[full とか semi とか」呼ぶのでは無くて、"MT"の一種であり、クラッチを「油圧で 自動CONTROL」している特殊なTRANSMISSION とするのがよいでしょう。もっと正確には、ギヤボックスは油圧サーボによる遠隔操作により、クラッチは油圧により自動制御されるトランスミッションであるとします。最近では、オートマティック・トランスミッションにも「色々な構造、構成のもの」がありますので、簡単に「セミ・オートマ」だと、古くからの「慣わしで」言い続けるのには問題があると主張しておきましょう。
 事実、Citroen社自身が[ semi-automatic ] と呼んだことは無く、[ CLUTCH ] Automatic Hydraulic Operation.[ GEAR BOX ] Hydraulically Assisted. 4-forward speeds all synchronised と記載しています。シトロエン社の記載に従うのが当然でしょう。
 ここで 1 速がギヤでシンクロナイズされていますが、これは MTの為に必要であって(事実 現在のギヤには 1-2 速にはシンクロがある) 私は DS には [Clutch Lock]を追加した油圧によるものが主体で作動していると考えています。 (油圧アシストがあれば ギヤをいじらないで良いという意味です) c0019483_16463788.jpg
 それでは、CG No:291, '85-6「 ハイドロニューマティックの 30 年」の from INSIDE で小林彰太郎氏が「DS の運転をマスターする努力は、ちょうど新しい外国語を習うのに似ている。しかし一旦慣れてしまえば、人間工学的に正しい設計理念に基ずいているので・・・と記載されていますが、どのような根拠によって「人間工学的に正しい」と判断されたのか?不明でしかありません。また、ローがノン・シンクロだったから、ローへ入れるたびにギヤが鳴った。編み棒のように細いレバーによるシフトとスロットル操作のシンクロ二ゼーションもきわめて微妙で、スムーズに走るには慣れるまでひどく神経をつかう。・・・DS を運転するにはなんらの肉体的努力は要さないが、かなりデリケートな技術と神経をドライバーに要求するのである。・・・と記載されているのですが、DS では「クラッチの油圧による自動化」がされているだけであり、普通の "MT"と比較して異なるのはクラッチ操作がドライバーの意志とは別に「接続されてしまう」ことだけでしかないのです。多くの車を試乗されている小林彰太郎氏が、この DS のクラッチの「理論的理解なしに」運転したからであり(またディーラーも同様であったから)、アクセル操作よりもクラッチの接続が予定よりも早かっただけで、普通に考えて「クラッチ接続を遅くしてやる」だけで「大いに改善された」問題だったのです。ノンシンクロの1速がギヤ鳴りをするのなら、現存する DS の後退はギヤ鳴りで困らせられている筈です! また、1966 年以降の DS では、この問題は「解決されたこと」を知らないのは困ったことです。 1966~'75年のDSがどのように改良されたのかに就いては後日詳しく記載します。
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by citroenDS | 2006-06-20 21:12 | Citroen 資料紹介
[ID,DSpecial,DSuper '66~'75の油圧(LHM)ブレーキ]
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◆ コメント
 このブログを始めた時は DS に就いてだけを記載するつもりでしたが、結局 ID に就いても書かなければ DS を正確に記載した事にならないのでした。私個人的には DS のトランスミッションの油圧制御こそが「DS」そのものであって、MT である ID,DSpecial,DSuper に就いては記載しないで通過しようと考えていたのです。"WIKIPEDIA" に係わった結果、ID 等に就いても記載するはめになりました。
◆ 解説
 DS のブレーキに就いては、フロントがフローティング・タイプであったのが、1966 年から「ブレーキ・パッドに金賞」を"M"から授賞した「固定式」になっただけです。1955 年にこの形式を完成していたことは、クラッチ・コントロールと共に「偉大な技術」として自動車史に残る価値があります。ハイドロニュウマティック・サスペンションと一体のブレーキ・システムであるからです!
 これに比較して ID の'56~'65 までの「普通のブレーキ」は記載するのも恥ずかしいことです。「技術が無かったからではない」からです。
 ここに載せました図は(2005-03)に紹介したものの ID の部分ですが、シトロエンを良くご存知の方には直ぐにお解かりの如くに、CX, GS 等と全く同一の回路です。「赤」がプライオリティ・バルブ(ブレーキ・アキウム)から→前輪ディスクで、「オレンジ」が後輪サスペンションから→後輪ドラムへです。それぞれ先に踏力の掛かる前輪用と「赤」油圧を介して後輪用が押されますし、夫々に背圧=「反力」としても作用しています。ID に採用しなかった理由が「効きすぎ」や「好まれない」とは考えられません。1955年に嫌われたものが、1966年には好まれたのでしょうか? 理由にはならない「理由」でしょう。
 Le DOUBLE CHEVRON; No2,1965-秋号:edition speciale, NOUVEAUX MODELES/ NEW MODELS に就いては、ギヤ・クラッチの項で紹介するのが最適と私は考えているのです。
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from Le DOUBLE CHEVRON No2; photo by Andre Martin
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by citroenDS | 2006-06-20 17:24 | Citroen 資料紹介
[ ID 生産の背景]
1)工作精度の歴史:

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 高圧油圧装置の構成部品には、全て高い工作精度を要求されていました。1955年当時としてはこの精度、すなわち最小の「クリアランス」は潤滑と可動性(油膜形成と動き易い度合い)に最も適した値は[1 ミクロン]であり、最大でもオイル漏れや効率低下をきたさないために[3 ミクロン]以内でなければなりません。
 この1~3ミクロンの精度を得るために特別の工業生産は、パリ郊外の Asnieres 工場で採用された冶金術、工業化学、機械工学でした。この歴史を年代を追って知ることは大変興味深いものです。
 1954年:15-Six に初めて高圧油圧が導入された時には、32 ミクロン以上にばらついていましたから、ボアとピストンは 32 クラスもあった訳です。言い換えれば、この「ばらつき」の内から1~3 ミクロンの範囲で「組み合わせ」を選び出して組み合わせていたのです。これでは大量生産は出来ません。
 1955年:DS 19 では、16 クラスにまで下げられましたが、まだまだ生産性は「低いもの」でした。1960年には6 クラスにまで下げられましたが、充分な生産性ではありませんでした。この精度を「要求する油圧部品」は多数あったからです。高圧ポンプを始め、ハイトコレクター、ギヤセレクター、ブレーキシリンダーとか数え上げたらきりがありません。これらの生産数を考えても、DS=DX の生産数には「限界にある」ことがわかります。
 1961年になって「全ての部品」が同一ミクロンで生産されるようになったのです。すなわち、最早1 クラスで生産されるので、製品を「測定して組み合わせる」必要は無くなったのです。 35,000 個/日、700,000 個/月の製品が同じミクロンで造り続けられるようになったのです。 D シリーズが本当の意味で「大量生産車」になったのは 1961年以降だと云うことを、どの位多くの執筆者が知っているのでしょうか?
 例えば、ハイトコレクターはスライド・バルブ; 6mm364μ~6mm365μ、ボア; 6mm366μ~6mm367μ の間で生産されています。従って、この組み合わせでは最大のクリアランスは 1~3μになっています。この精度を保つには「製造許容度を 5/10 から 7/10 μ に上げねばなりませんし、最高の材料を選び、最適な熱処理のもとで製造されなければなりません。
 この文章は「そっくり私の WHY CITROEN Q&A から転記」していますが、その参考文献はシトロエン広報の High- Pressure-Hydraulics ( 1986-6 )です。

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2) 高圧ポンプの問題:

 高圧ポンプには大きく分けて 2種類あります。1) Single-Cylinder-Pump. 2) Multi-Cylinder-Pump です。 Single-Cylinder-Pump は、クランク・シャフトの偏心運動によりピストンが往復運動をして 1,18cc/ストローク(CX-2000)吐出する能力があります。 Multi ( 7-piston) Pump はエンジン半回転で 2,85cc/ストロークの能力があるのです。( CX TECHNICAL DESCRIPTION ;1975) 5倍以上の能力差があるのですから、1)の製造能力を考えると、1-Piston と 7-Pistons と必要部品に 7倍の差があるのですから、当時の DS 19の製造能力をも考慮するべきではないでしょうか???事実、CX の発売開始時にはシングル・ポンプの 廉価版 CX2000 は当然パワーステアリング無しで ID に相当するものでした。 ID/ DS と同じ事をやっているのです。後の BX, XMの時代でも HP の能力不足でパワー・ステアリングとサスペンションとの高圧油量の取り合い状態が経験されているのです。
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3)DS 19の操縦性は嫌われたのか:
 DS 19のブレーキ配管のダイアグラムが、現在のものと全く同一べあったとは「不勉強」で知りませんでした。この図は既に「検討済み」ですから、われわれの経験からすれば「直ぐに慣れる範囲」のものでしょう。従って、ID 19の生産には「渡りに船」ではなかったのかと考えるのは不自然でしょうか? ID 19の普通の他の車と同じ「ロッキード製のブレーキ」で前輪ディスクと後輪の大きなドラムを踏んだとしたら、後輪はスピンしなかったのでしょうか? 逆に云えば、その位に FWD (FF) の前輪荷重が70~80% も( 柔らかいサスペンションで重心の移動が大きい )あったとしたら、パワーアシスト無しにディスクブレーキで止まるのは大変だった事でしょう。
 TRACTION AVANT からの乗り換えですから、私の現在の想像とは違ったものでしょうが、ID 19 とは何のアシストも無い車ですから「すごい車」だったでしょう。当時でも、T.A.15 Six の運転は大事だったそうですから! 以前、ハイドロニューマティクの30周年でCGのT氏と対談した時、彼が前にDWに乗っていた経験談で、クラッチの重かったことを「シートに背中がめり込んだ」と話ておられた事を思い出します。
4) DS/ ID の生産台数:
 TOUTES LES CITROEN によれば; DS: 9,936/1956年、 ID /DS; 28,593/1957年、 ID /DS; 52,466/1958年、 ID /DS; 66,931/1959年、ID/DS; 83,205(Break含む)/1960年、ID/DS; 77,597(Break含む)/1961年です。ミクロン単位の精密部品が 1台に10以上あると考えられますから、製造能力一杯だったのではないでしょうか?下記**の項の記載と一致しそうなデータです。  
 以上検討した事項が「問題にならないレベル」であったのであれば、1965年秋から エンジンに余裕が出来たから 「DS に近いシステムに改善する」理由がないでしょう。 ID は前輪ディスクには高圧油圧を、後輪ドラムには後輪サスペンション油圧を作動させる後の GS, CXと全く同じシステムに「改良」したのです。
5)初期(1955~1962年) は、シトロエン社としてはサスペンションの生産で「手一杯」だったのでしょうし、初期にはギヤ、クラッチ関連のトラブルで問題を多くかかえていたのです。従って、半自動トランスミッション(この名称は適切でない)が、改善をしながら完成したと考えられると私は主張していますが、この点に就いては別項で再検討します。

**事実、ID 19 発売開始時の本社発表は、"new model will be produced at the rate of 3,000 a month by next spring, which is a higher rate of production than at present is being achieved by the DS 19."( ID 19の生産は現在の DS 19 のペース以上で生産されるだろう・・)なのです。 ( from:BROOKLANDS BOOKS, P-9 )

6) SECOND THOUGTH : Cheaper, Simpler Version of Big Citroen is ID 19. と言う結論が出されたのでしょう。( Autocar Oct. 5 1956 )
 
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by citroenDS | 2006-06-14 22:30 | Citroen 資料紹介
[DS/ID 19: 正しいブレーキ回路]
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 [DS 19:1955~65]
◇ 解説:[ ブレーキ: DS 19 編]

 実のところ、何と言うタイトルにしたものか?と思案しました。身近には「シトローエン」二玄社があります。大川氏が 104 頁に”オイルの上に乗った車” DS の油圧系統図として引用しているもので、その内の[BRAKE]系統の部分です。何と後輪用のブレーキ・アキウムレーターがあります!これでは荷重の小さな後輪はスピンしてしまいます。皆さんの内でも「多くの方々」も、少し変だな・・と感じておられたでしょう。
 しかし、1955 年製のDS 19 を所有することは無いから「あまり関係の無い事」と真剣には検討されなかったでしょう。かく云う私自身、例の「シトローエン」さ!と見ていました。
 WIKIPEDIA 編集を機会に資料調べをしてみますと、BROOKLANDS BOOKS ( Autocar )の記事 以外に詳しいものは無く'Citroen DS19 Startles Paris' の 8頁には全く同一の Schematic Diagram が載っている始末です。その[BRAKE]の部分だけ、最初に提示しておきますが「正しいもの」として掲載している訳ではありません。否、どうして「全く同一の誤図」が存在しているのか?を考えたいからです。
 ここまで「寸ぷん違わず」の図がある事は、これらの原図が「信頼を得たもの」として存在していたからでしょう。しかしながら、本文中の[ BRAKES ] Disc brake for the front wheels, Drum brakes for the rear wheels. Pressure distributed according to axle loading. Automatic adjustment on front brakes.となっています。この記載内容と Schematic Diagram との矛盾を両著者共に「全く理解しておりません」。
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 それではと、当時のカタログを調べました。当時の前輪のディスク・ブレーキのキャリパーは[ floating type ]でしたので、その解説図と共に「見慣れた」後輪荷重油圧により、ペダルを踏む力を分配する油圧ピストン装置まで既に装備されていたのです! このブレーキ・システムはシトロエン社の特許で、ロールスロイス社が買っています。 このシステムに就いては既に(2005-03-20; BRAKE PRESSURE DISTRIBUTOR で記載済みです) DS ではキャリパーの変更以外は、BRAKE 系は DS 19 で完成されていました。 これで「かなり油圧系統が明確になった」筈です。 DS 19の完成度に比して ID 19 は手を抜いたものです。
 パーキング・ブレーキの説明を良く読んでみますと、何故に前輪ディスクに1本ワイヤーなのか?が「明確」になります。ここで思い出すのは、ジャンボジェットの 4 系統の油圧操縦コントロールが採用された時、DC 8 では未だ金属ワイヤーが緊急用に残されていことです。油圧配管のみでは「信頼性」が無かったのです。油圧ステアリングでさえ、手動操縦は可能ですと追記されております。
 No parking brake lever is provided; instead a large pedal on the driver's extreme left doubles as parking and emergency brake. 油圧ブレーキがダメになった時には、この機械的に作動するブレーキが緊急用として作動するので安全であると・・これはこの項を担当した著者が書いたのでは無く、当時のカタログに「しっかり」書いてあったのです! 
 結局、最初からカタログを信用すれば良かったと言うことです。この事からも、シトロエン広報が発刊した Le DOUBLE CHEVRON が 1965 年以前からであってくれれば、DS の誤解も随分少なくて済んだでしょう。私の最も残念に思うことです。

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◇ 解説:[ブレーキ: ID 19 編]
 ここでは ID ですから [1956~65] となります。当時の ID 19は”Front inboard disc rear outboard drum brakes, similar on the DS 19 are fitted in those on the DS 19 are fitted in the ID 19, BUT THEY ARE OPERATED BY A NORMAL UNPOWERED LOCKHEED HYDRAULIC SYSTEM AND A FULL-SIZED BRAKE PEDAL. 何と、普通の「ブレーキ液」のノンサーボだったのです!従って、Traction Avant からの乗りかえであったから、その時代であったから「生産可能な車」であったと考えるのが適切であろうと思うのです。
 事実、1957;Citroen ID 19P; HPに[brake fluid reservoir] に needs a lot of force to stop the car と書いていますし、1958年 2月には Citroen equipped all ID with a sligthly improved brake system with emergency とも記載しています。
 シトロエン社が ID 19 を生産しなければならなかった「背景に就いて」項を改めて書いてみようと思います。 DS/ ID の最初の 10 年間と、次の 10 年間とは「分けて考える」べきであると同時に、DS/ ID という車自体が違ったものなのです。この事実は重要です。
 *1966年モデルから、 ID 19 は全く別の車に「生まれ変わった」のです! だから、この頃から名称にも変化が生じたのだろうと思います。→ DSpecial, DSuper です。
*このことは、別項で詳しく記載します。
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by citroenDS | 2006-06-08 22:59 | Citroen 資料紹介
[再び、1966-DS,モンテカルロ優勝に就いて]
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 この件に就いて、日本でラリー分野に最も詳しい自動車ジャーナリストである I 氏に、WIKIPEDIA の「 DS ラリーの項」をお読み頂いてご意見を伺いました。ご紹介しますと「当時のモンテカルロ・ラリーは FIA のグループ 1~3 に適合する車両( 量産ツーリングカー) で競技は行はれていました。例のモンテカルロ事件は、イギリス勢の灯火類違反であり、主催者である伝統と格式のある”モナコ王立”自動車クラブがフランスびいき?をした結果の 「DS の優勝」との疑いがある・・・と書くのには私も反対です。」でした。これは前記しました、シトロエン広報の発表記事と同一です。当時は「沃素バルブ」が未だ開発途上で「上向き」「下向き」の切り替えが出来ず、「上向き」をノーマルを使用しなければならない両側ヘッドランプに使用した「違反」です。とも追記されております。
 これは CG-200号記念に偶然にも、55頁に「マキネン・モンテ・ミニ」として前年( 1965 )の車が登場しています!そこに書いてある灯火類の解説は、2 個の”スタンダード”ヘッドランプ、2個のボンネット上端に置かれた下向きビーム用のフォッグランプ( 注 iodine vapor bulb のランプには上下両ビームを組込むことは、現在の段階では不可能である)、2個の”ノーマル”フォグランプ、そしてグリル中央のロングレンジ・ランプである」です。 
 この仕様で翌年( 1966 )も出ていれば問題は無かったのでしょう。「違反となったのは」ロングレンジ・沃素バルブを”スタンダード”ヘッドランプに替えて使用していたからでしょう!

 *当然、この事実くらいは「確認してから」 "DS" 辞典は作成するべきです。
  
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by citroenDS | 2006-06-02 22:00 | Citroen 資料紹介