[ 2 CV の 60 年を迎えての私見 (Wikipedia 2CV の記載に就いて!)]
◆ 2CV の 60 年記念を迎えての私見。 "Wikipedia 2CV" の記事は??? 

Paris Salon が開催されます。 2CV の「還暦」です。ヨーロッパの 2CV-Club では、既に「お祝」は終わっています。 Belgie の 2CV-Dyane-Club の会報を紹介しましょう。
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もう 30 年前になりますが、建築家で初期の CG Editor もしていらした Sirai 氏から頂いたお手紙が出て来ました。建築家らしい「鋭い観察力」です。これで、Kit-model "Oldies" 2CV-prototype ⇒( 2008-08 )の実物の詳細がわかります。 P. Boulanger が 1 台を残して 249 台を破壊するよう命令をした理由には、単に技術が Nazis ( ドイツと記さずにナチス・ドイツと記すのが世界の常識だ!) に渡るだけではなく「Aluminium & Magnesium 合金」を France 国家の兵器製造に使う為に「協出」するのが主目的だったのでは?と「戦中派」は考えるのです。
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Relations Publiques Citroen "2CV 30 Ans" より。
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Wikipedia の記事は「公開されている」ものですから、もっと明確に記載して置きたかったのですが、文章は最小限にしました。以前、Citroen DS の「モンテカルロ・ラリーでの優勝」に関しての記事の訂正を「大きく記載して」求めたことがあります。

 1947 年には "H-Van" が既に登場しており、Paris 市内には「かなりの数」が走って居た筈なのです! 何故、1948 年の Paris Salon で「驚いたり、冷笑したり」されたのでしょうか??? このような時間軸を「誰も考えない」のでしょうか? 面白く書けば良いのでは困るのですよ!

編集前の記載
 1949年から開始された本格生産はすぐに軌道に乗り、翌1950年には早くも日産400台のペースで量産されるようになった。フランス国民はこの外見にも早々に慣れ、2CV は数年のうちに広く普及した。

上記の事実から訂正しました。
 1949年 の生産は同年7月より始まり日産4台: 876 台に留まり、翌1950年には 6,196 台と月産400台のペースで量産されるようになり 1951年には生産台数は 14,592 台になった。

私が日本の "Correspondant" で発足した "JAVEL" 誌: No. 2. 上の数字と全く同一です。
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以下の記載は「理解不能」です。  従って ⇒ 「削除」です。
 サスペンションは前後とも基本的には横置きトーションバー(ねじり棒鋼バネ)で吊られている。トーションバーはトラクシオン・アバンに採用されてそのコンパクトさで成功を収めた先例があり、2CVへの採用も自然なものであった。

Wikipedia には「前後関連懸架」に就いての「項」がない。 下解説図は 2 図共に from: CLUB CITROEN FRANCE. No.40. 1989.
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私が「前後関連懸架」に就いて「おこがましくも」解説文を書きくわえさせてもらったが、この検索をしても 「この記事」か、私がこの BLOG で書いたものしか出てこない!
 前後のサスペンション・アームはそれぞれコイルスプリングに接続され、これらのスプリングは横置きのサスペンション・シリンダー内に収められているが、この横置きシリンダーは「半浮動状態」で初期は左右の「たけのこバネ」により、後にエンジン・パワーの増強によりゴム・ブッシュにより半固定状態はその移動を制限され、最終的には「固定」された。以下に述べる「前後関連懸架」とは、前輪アーム - ロッド - ( コイル : サスペンション・シリンダー: pot de suspension : コイル) - ロッド - 後輪アーム と結ばれており、コイル・スプリングを 2 倍に柔らかく使う、シトロエン社が考案した「軽車両用サスペンション」です。

 しかし、Suspension-Arm と Rod との「テコ比」が、非常に「大きく、また力の方向が 90 ° 変換される」ことには「欠点を内蔵」しているのです。世の中、良いことばかりと言う訳には行かないのです。 この点、strut は荷重を直上で受けているので、問題は少ないのです。

Wikipedia の記載
 筒状ケース内のコイルスプリング両端に錘を仕込み、

私が修正した文章 SEE ⇒ 2cvweekend. ( Linked )
 各輪のサスペンションアームに取り付けられた筒型ケース内に組込まれたコイルスプリングの上端に錘を固定して、コイルスプリングと錘とで決められる固有振動数で車体の振動を打ち消す「慣性ダンパー」を用いた点である。
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慣性ダンパー等の採用 
 後に油圧ダンパの部品価格が下がった事もあり、これらの特殊な減衰器はすぐに一般的なテレスコピック式油圧ダンパーに変更された。

私が編集した文章
 これらのダンパー類の採用はエンジン・パワーにより決められた。油圧ダンパーは後輪に比較的早く使用されたが、慣性ダンパーは 1975 年まで使用されている。

ここまで私が書く気になったのは、「相手がどこの誰」かが解らずに、私が必ず citroen DS とサインしているのにも拘わらず、「あらしかな?でも必ずサインしている」とまで書かれたことです。そして編集しようとすると「中止」と表示されるのです!
 自分のやっている事を「棚に上げて」と反論するでしょう。しかし、わたしにすれば、「誤りを正す」ことに比べれば、私の文章を「Wikipedia 風に修正する」のは簡単でしょう。それに引き替え私が Wikipedia 式の法則を今更学んでも「役には立たない」のですよ!

このことは、Wikipedia : 表記ガイドの最初に書いてあることで、「あなたの記事執筆の妨げになる時には、無理に従う必要はありません。( その内に表記法に詳しい利用者が体制を整えてくれるでしょう)。と書いてあるのです!!!

★ それと私が「編集、訂正」する前の文章と写真まで [ copy & paste] してある BLOG を発見したからです!
 強く「訂正しなければ」間違いは、直ぐに広がってしまうのです!CG の時でも同じことでした!!いまだに「訂正されていない」のですよ!!


参考の為に 2CV の輸出先は「圧倒的に」 Germany です。従って、 2CV-Club の数は圧倒的に多いのです。 集めた Club-Sticker は 30 を超えます。

Wikipedia さん、2CV-Prototype の所で指摘したように「ドイツと記載せずに、ナチスドイツと記す」ようにねがいます。或るいは、最小限の記載でも文章は書けるのではないか??
 Wikipedia 自身の[ 第二次世界大戦 ] の項中に「ナチスドイツによるフランス侵攻」との "タイトル" があるのですよ!解ってんのかなー ??

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by citroenDS | 2008-10-04 15:21 | Citroen 資料紹介


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